fastapple's blog

時系列関係なく、情報を追記・分割・統合などします。ブログに記載の内容のうち、引用ではなく、私自身が記載している文章・コードなどについては、自由にご利用ください。

集合知に関して (集合知が発揮される条件)


集合知という言葉が少し前に流行った。wikipedia:集団的知性英語では、Collective intelligence、またはCollective IQなどと称されているようだ。また中国語では、集體智慧(jí tǐ zhì huì)というらしい。(wikidediaからもってきたので繁体字である) 集団があつまって個人個人の能力を単純に足し合わせた以上の成果がでることもある一方、一人のほうがパフォーマンスが高いということもあり得る。それを分けているのは、一体何だろうか?

ここでは、実際に集合知が働くための条件について考えてみる。

条件1.過程は個人が自由に考え、結果をもちよって昇華させたほうが、最終的な成果はよいものになる。

最近、コンピュータとプロ棋士によるタッグマッチが開催された。以前から、チェスの世界では、コンピュータとトップクラスの人間がタッグを組んで試合を行うということが行われていたらしい。この場合、コンピュータのほうが組む人間よりも棋力は上なのだが、タッグを組んだ場合、勝率はあがるらしい。ここからは自分の直観だが、例えば人間同士がタッグを組んだ場合は、必ずしも勝率は上がらないのではないかと思う。お互いに遠慮が働いてしまうと、相殺されてしまうのだ。しかし、相手がコンピュータなら何も遠慮する必要はないわけで、それが結果的に棋力の向上につながるのだと考えている。このような理由により、集合知を働かせるには、過程を披露するより、結果をもちよる。ということを重視したほうがよいと思う。図で表すと次のようなイメージだ。

上記では、通常はAさんのほうがよい案を思いつくのだが、時にBさんがよいプランを持っていた場合に、それを拾い上げることが「悪い例」ではできなくなっていることを示している。このような時の失われたBさんのプランを、Wikipediaの説明では「黄金の示唆」と呼んでいる。※英語版wikidediaをみると、"The Golden Suggestion"となっている。これを拾い上げる技として、過程を個人が自由に行う。ということができる環境が重要である。

条件1の応用例

昔ある会社にて聞いた話だが、キーパンチャーが帳簿か何かの数字を入力する場合、チェックは行わないらしい。チェックではなく実際に2人の人に同じ仕事をしてもらって、それが同じになっているかどうかを確認するようだ。チェックという方法では、隙が生まれてしまうのでよい方法だと思った。これは、条件1の、過程に干渉しない。という原則に当てはまると思う。

条件2.メンバーの社会性の高さが高いほうが、最終的な成果はよいものになる。

これは、自分としてはもう少し情報がないと実際に社会性とはどういうことか?などが語れないので、あくまでも参考程度に記載しておく。以下のWIREDの記事をもとにしている。

「集団的知能」を決めるのは「個々のIQ」より社会性 « WIRED.jp

おもしろいのは、集団の知能が個人の能力と全く相関がなかったと結論付けているところである。これはおそらくある意味ではそうなのだが、専門的な分野でそういうことは考えにくいので、あくまでも一般的な課題に対してそうだったというだけだろうと思う。もう少し、突っ込んだ内容がほしいところだ。


余談

随分前の記事だが、Wikipediaの記事が、ブルタニカ百科事典と同じくらいに正確であるとするNatureの調査結果があった。

「Wikipediaの情報はブリタニカと同じくらい正確」--Nature誌が調査結果を公表 - CNET Japan

もちろん反論もあったようだが、Wikipediaのような自由に編集できるメディアが集合知と相性がいいことを表した好例だと思う。この、自由に編集できるということが「黄金の示唆」を生み、正確性を向上させるというのは逆説的で面白い。もっとも最近はWikipdeiaも権威的になっているような気がする[要出典]ので、もっともらしい記事を読みたければ、アンサイクロペディアのほうがいいんじゃないかと思ったりすることもあったり。※個人的感想です。

今後、注目したいポイント

wikipediaによると2001年に、ted szubaが集団的知性の形式モデルを提唱したらしい。これによって、個々の知性(IQ)ではなく、集団的知性(IQS ※IQ Social) を数学的に近似的に求めることができるのではないかという期待がある。(多分。)このようなモデルが効率よく働けば、クラウドを利用した人海戦術の文字解析などに見られるようなクラウドと集団的知性を結びつけた問題解決に対するアプローチというのが、今後増えていくのではないだろうか。