概念に名前をつける
例えば、「PDCAサイクル」とか「Todoリスト」とか、そういう概念に対して、以前は少し斜に構えて見るような部分があった。こういった言葉は、往々にして、ほとんどの人が意識せずに、当たり前に行う様なことに、改めて名前を付けているだけである。当たり前の事に名前をつけることに違和感を覚えていたのかもしれない。なぜ、そんな大層な名前が付いてるの?という気持ちだ。
しかし、よく考えてみると、名前が付いているからこそ、その概念(考え方)について、人と議論することができる。もし名前がついていなければ、人と話すときに、「これこれこういうこと」みたいな説明を毎回しないといけない。これは非効率だ。
さらに、当たり前のことに名前をつけることで、それを前提に、常識外の方法を考えることができる。「当たり前にみんなこうするよね?」という概念でも名前をつければ、当たり前を疑い、進化させることができる。他の概念との比較も簡単になる。もし自分がその概念に賛同しなくても、その概念について語ることができる。また、専門とする分野によって当たり前とすることは違うかもしれない。逆に、もしかしたら、突き詰めると同じ様なことを、別々の分野で解決しているかもしれない。こういったことに、気づくことができる。
結論
概念に名前をつけることは、以下のようなメリットがある。
・人と話すときに共有が早くなる。
・既存の概念を打ち破る土台になる。
・他の概念と対比させることができる。
・概念に応じて、立場を客観視して話ができる。
・似た概念を、専門外の分野から見つけやすくなる。(アナロジー)
閑話休題
Q.E.Dという漫画で、闇を殺すには名前を与えればいいという台詞がでてくる。(ググったところ、単行本の28巻らしい)「闇を殺す」というのを別の言葉で言えば、「分からないものを(分からないまま)把握するために名前をつける」ということになるだろう。では、この記事でいうような「分かりきっているものをキチンと把握するために名前をつける」というのは、どういうことだろう。例えるなら「影をつくる」ようなことかもしれない。
あまり、うまくないたとえかもしれない。