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fastapple's blog

時系列関係なく、情報を追記・分割・統合などします。ブログに記載の内容のうち、引用ではなく、私自身が記載している文章・コードなどについては、自由にご利用ください。

やりたいことと、たのしいことは、必ずしも一致しない。


やりたいことをやろうというコンセプトは、ある時には正しいし、ある時には間違いである。人間がやりたいことには色々な種類があり、やったことがないことなども含まれている。やったことがないことについて、それをするとどの位楽しいのかを予測することは難しいだろう。しかし、ほとんどの物事は、以前と全く同じということは有り得ない。以前はとても楽しかったけど、改めてやると楽しくないという状況だって十分ありえる。いや、ありふれている。

自分は今まで、なぜやりたいことをやっていって人間は成功できないのか?または、やりたいことをやっていて、何故楽しくなれない場合があるのか?ということに、腑に落ちない部分を持っていた。その原因の一つとして、やりたいことと楽しいことが必ずしも一致するわけではないというのがあると思い、これを書いている。もちろん、やりたいことの大半は欲であって、ずっとやっていては身を滅ぼすのだ。という解釈から、なるべくやりたくないことでもやらないといけないという理性的な帰結を得ることはもともとできていた。しかし、どんなタイミングで、欲に流されてもいいのか?というのがわからないのだ。本質的に、相反する行動を取ろうとしている自分がいるわけである。つまりやりたくないことばかりやって理性的に生きていては、楽しくないのではないか?という本能的な恐怖が根底にあった。

しかし、発想を転換してみると、そもそもやりたいことをやるより、自分の目標を達成するために、一時的にも辛いことをやったほうが充実感という高いレベルの楽しみを得ることができる。もっというと、なぜ、やらなければならないことが、楽しくできないのか?ということをもっと疑問に持つべきだった。ほとんどの場合、やりたくないことをやるのは、何か目的を達成するためだ。しかし、同じ目的を達成する方法でも、一方は楽しくでき、一方は楽しくない。という状況があるのに、なぜ、楽しくないやり方でやってしまうのか?自分の中に、やるべきことをやるのは楽しくない作業だという、暗黙の了解ができてしまっているから、楽しくやれる方法を模索もしなくなってしまう。

やりたくないことでも、目的を達成するためには必要だ。そして、それを楽しくやれる方法があるはずだ。